片山 廣子 作
読み手:アン荻野(2023年)
菊池寛さんが「忠直卿行状記」を書かれるより少し前だつたと思ふ、時事新報の文芸記者として、或る日私の大森の家にインタビューに来られた、ある日ではなく、或る夜だつた。アイルランド物の翻訳に私が夢中になつてゐる時分で、私の訳したものについて何か書いて下さるためだつた。電話もなく突然だつたので、ずゐぶんあわてた。ちやうど夕飯がすんだところで、その日はスキヤキをしたから家じう玄関の方まで葱の煮えたにほひが漂つてゐるらしいのをひどく恥づかしく思つた。スキヤキを食べたといつて恥ぢなくてもよいわけだけれど、私は葱のにほひがきらひで、いつもスキヤキの御馳走を歓迎しなかつた・・・
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