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太宰 治

愛と美について

読み手:中村 昭代(2017年)

愛と美について

著者:太宰 治 読み手:中村 昭代 時間:43分49秒

 兄妹、五人あって、みんなロマンスが好きだった。長男は二十九歳。法学士である。ひとに接するとき、少し尊大ぶる悪癖があるけれども、これは彼自身の弱さを庇う鬼の面であって、まことは弱く、とても優しい。弟妹たちと映画を見にいって、これは駄作だ、愚劣だと言いながら、その映画のさむらいの義理人情にまいって、まず、まっさきに泣いてしまうのは、いつも、この長兄である。それにきまっていた。映画館を出てからは、急に尊大に、むっと不気嫌になって、みちみち一言も口をきかない。生れて、いまだ一度も嘘言というものをついたことがないと、躊躇せず公言している・・・

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