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横光 利一

読み手:池田 佐季(2018年)

著者:横光 利一 読み手:池田 佐季 時間:17分36秒

   一

 真夏の宿場は空虚であった。ただ眼の大きな一疋の蠅だけは、薄暗い厩の隅の蜘蛛の巣にひっかかると、後肢で網を跳ねつつ暫くぶらぶらと揺れていた。と、豆のようにぼたりと落ちた。そうして、馬糞の重みに斜めに突き立っている藁の端から、裸体にされた馬の背中まで這い上った。

   二

 馬は一条の枯草を奥歯にひっ掛けたまま、猫背の老いた馭者の姿を捜している。
 馭者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を三番さして負け通した。
「何に? 文句をいうな。もう一番じゃ。」・・・

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