堀 辰雄 作
読み手:阿蘇 美年子(2019年)
J兄
この秋はずっと奈良に滞在していましたが、どうも思うように仕事がはかどらず、とうとうその仕事をかたづけるためにしばらく東京に舞いもどっていました。それからすぐまたこちらに来るつもりでいましたが、すこし無理をして仕事をしたため、そのあとがひどく疲れて一週間ばかり寐たり何かしているうちに、つい出そびれて、やっと十二月になってこちらに来たような始末です。この七日にはどうしても帰京しなければならない用事がある上、こんどはどうしても倉敷の美術館にいってエル・グレコの「受胎告知」を見てきたいので、奈良には三四日しかいられないことになりました。まるでこの秋ホテルに預けておいた荷物をとりにだけきたような恰好です・・・
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