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小泉 八雲  戸川 明三

読み手:中田 真由美(2020年)

著者:小泉 八雲/戸川 明三 訳 読み手:中田 真由美 時間:6分28秒

 東京の、赤坂への道に紀国坂という坂道がある――これは紀伊の国の坂という意である。何故それが紀伊の国の坂と呼ばれているのか、それは私の知らない事である。この坂の一方の側には昔からの深い極わめて広い濠があって、それに添って高い緑の堤が高く立ち、その上が庭地になっている、――道の他の側には皇居の長い宏大な塀が長くつづいている。街灯、人力車の時代以前にあっては、その辺は夜暗くなると非常に寂しかった。ためにおそく通る徒歩者は、日没後に、ひとりでこの紀国坂を登るよりは、むしろ幾哩も廻り道をしたものである。
 これは皆、その辺をよく歩いた貉のためである・・・

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