萩原 朔太郎 作 秋と漫歩読み手:菅野 秀之(2012年) |
四季を通じて、私は秋という季節が一番好きである。もっともこれは、たいていの人に共通の好みであろう。元来日本という国は、気候的にあまり住みよい国で はない。夏は湿気が多く、蒸暑いことで世界無比といわれているし、春は空が低く憂鬱であり、冬は紙の家の設備に対して、寒さがすこしひどすぎる。(しかも その紙の家でなければ、夏の暑さがしのげないのだ。)日本の気候では、ただ秋だけが快適であり、よく人間の生活環境に適している。
だが私が秋を好むのは、こうした一般的の理由以外に、特殊な個人的の意味もあるのだ。というのは、秋が戸外の散歩に適しているからである。元来、私は甚 (はなは)だ趣味や道楽のない人間である。釣魚(つり)とか、ゴルフとか、美術品の蒐集(しゅうしゅう)などという趣味娯楽は、私の全く知らないところで ある・・・