山川 方夫 作 暑くない夏読み手:中田 真由美(2023年) |
「……夏が来たのね」
女は、天井を見上げたままでいった。
白い天井。白い壁。白いシーツ。女の顔も白い。
「空を見ていると、わかるの。ついこないだまで、どんよりと空の濁った日ばかりがつづいてたわ。まるで、水に落ちたケント紙のような色の空だったわ。……それが、見てごらんなさい、あんな真青な色になって、むくむくした力こぶみたいな雲が見えるわ」
女は声を落し、彼に笑いかけた。
「もう、一年になるのね」
うなずいて、彼も窓を見やった。窓の外は、一面に濃い群青の夏の空だ・・・