小川 未明 作 白い門のある家読み手:横山 宜夫(2023年) |
静かな、春の晩のことでありました。
一人の男が、仕事をしていて、疲れたものですから、どこか、喫茶店へでもいって、コーヒーを飲んできたいという心が起こりました。
男は、家の外へ出ました。往来は、あたたかな、おぼろ月夜で、なにもかもが夢を見ているようなようすで、あちらの高い塔も丘も空も森も、みんなかすんで、黒くぼんやりと浮き出して、じっとしていたのです。
彼は、町へ出てから、はじめて、夜が、もう更けているのに気づきました。いままでへやの中で仕事に心をとられていたので、時刻のたったのがわからなかったのでした。町には、あまり人も歩いていません・・・