菊池 寛 作 ある恋の話読み手:山城 美奈(2023年) |
私の妻の祖母は――と云って、もう三四年前に死んだ人ですが――蔵前の札差で、名字帯刀御免で可なり幅を利かせた山長――略さないで云えば、山城屋長兵衛の一人娘でした。何しろ蔵前の札差で山長と云えば、今で云うと、政府の御用商人で二三百万円の財産を擁しておろうと云う、錚々たる実業家に当る位置ですから、その一人娘の――尤も男の子は二人あったそうです。――祖母が、小さい時からお乳母日傘で大きくなったのは申すまでもありません、祖母の小さい時の、記憶の一つだと云う事ですが、お正月か何かの宮参りに履いた木履は、朱塗の金蒔絵模様に金の鈴の付いたものでしたが、・・・