牧野 信一 作 蚊読み手:イトーゲンヤ(2024年) |
若しも貴方が妾に裏切るやうな事があれば、妾は屹度貴方を殺さずには置きませんよ、と常に云つてゐた女が、いざとなつたら他愛もなく此方を棄てゝ行つた。此方こそかうして未練がましくも折に触れては女の事を思ひ出して居るが向うでは……妾は自分の将来を考へなければなりません。貴方のやうな全く取得のない不真面目なさうして涙を持たぬ人はつくづく愛想が尽きたのです。貴方のやうな人と将来を共にするなどゝいふことは、あゝ、考へても怖ろしい……と云つてさつぱりと行つてしまつた程なのだから無論此方のことなどを思ひ出すことなどはいつになつたつてありやあしまい――。
ある夏の夕暮私は店先の縁台に腰を掛けて煙草を喫しながら往来を眺めて居た時、・・・