堀 辰雄 作 かげろうの日記読み手:阿蘇 美年子(2014年) |
なほ物はかなきを思へば、あるかなきかの心地する
かげろふの日記といふべし。
蜻蛉日記
その一
半生も既に過ぎてしまって、もはやこの世に何んのなす事もなく生きながらえている自分だが、一たい顔かたちだって人並で ないし、これと云った才能もあるわけではないのだから、こんな風にはかない暮しをしているのも尤もの事だとは思うものの、只こうやってぼんやりと明し暮し ているがままに、世の中に多い物語などをおりおり取り上げて、その端などを読んで見ると、ずいぶん有り触れた空言さえ書いてあるようだから、自分の並々な らぬ身の上を日記につけて見たら、そんなものよりも反って珍らしがってくれる人もあるかも知れない・・・