土田 耕平 作 お母さんの思ひ出読み手:岡田 百合子(2015年) |
私が十一か二の年の冬の夜だつたと覚えてゐる。お父さんは役所の宿直番で、私はお母さんと二人炬燵にさしむかひにあたつてゐた。背戸の丸木川の水も、氷り つめて、しん/\と寒さが身にしみるやうだ。お母さんは縫物をしてゐる。私は太閤記かなんぞ読みふけつてゐる。二人とも黙りこくつて、大分夜も更けた頃だ つた。
「孝一や。」
とお母さんが呼んだ。私は本が面白くて、釣りこまれてゐたので、
「ええ。」
と空返事をしたままでゐると・・・