芥川 龍之介 作 魔術読み手:加茂野 一夫(2016年) |
ある時雨の降る晩のことです。私を乗せた人力車は、何度も大森界隈の険しい坂を上ったり下りたりして、やっと竹藪に囲まれた、小さな西洋館の前に梶棒を下しました。もう鼠色のペンキの剥げかかった、狭苦しい玄関には、車夫の出した提灯の明りで見ると、印度人マティラム・ミスラと日本字で書いた、これだけは新しい、瀬戸物の標札がかかっています。
マティラム・ミスラ君と云えば、もう皆さんの中にも、御存じの方が少くないかも知れません・・・