夏目 漱石 作 夢十夜 第二夜読み手:岡本 茂(2017年) |
こんな夢を見た。
和尚の室を退がって、廊下伝いに自分の部屋へ帰ると行灯がぼんやり点っている。片膝を座布団の上に突いて、灯心を掻き立てた時、花のような丁子がぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。
襖の画は蕪村の筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近とかいて、寒むそうな漁夫が笠を傾けて土手の上を通る。床には海中文殊の軸が懸っている。焚き残した線香が暗い方でいまだに臭っている・・・