室生 犀星 作 芥川の原稿読み手:市山 綾乃(2017年) |
まだそんなに親しい方ではなく、多分三度目くらいに訪ねた或日、芥川の書斎には先客があった。先客はどこかの雑誌の記者らしく、芥川に原稿の強要をしていたのだが、芥川は中央公論にも書かなければならないし、それにも未だ手を付けていないといって強固に断った。その断り方にはのぞみがなく、どうしても書けないときっぱり言い切っているが、先客は断わられるのも覚悟して遣って来たものらしく、なまなかのことで承知しないで、たとえ、三枚でも五枚でもよいから書いてくれるようにいい、引き退がる様子もなかった。三枚書けるくらいなら十枚書けるが、材料もないし時間もない、どうしても書けないといって断ると、雑誌記者はそれなら一枚でも二枚でもよいから書いてくれといい、芥川は二枚では小説にならないといった・・・