野村 胡堂 作 銭形平次捕物控 鈴を慕う女読み手:伊藤 和(2018年) |
一
「八、あれを跟けてみな」
「ヘエ――」
「逃がしちゃならねえ、相手は細かくねえぞ」
「あの七つ下がりの浪人者ですかい」
「馬鹿ッ、あれはどこかの手習師匠で、仏様のような武家だ。俺の言うのは、その先へ行く娘のことだ」
「ヘエ――、あの美しい新造が曲者なんですかい。驚いたな」
「静かに物を言え、人が聞いてるぜ」
銭形の平次と子分のガラッ八は、その頃繁昌した、下谷の徳蔵稲荷に参詣するつもりで、まだ朝のうちの広徳寺前を、上野の方へ辿っておりました。
「ガラッ八、よく見ておくんだよ、心得のために話しておくが――」
「ヘエ――」
平次は一段と声を落しました・・・