伊藤 永之介 作 押しかけ女房読み手:宮澤 賢吉(2018年) |
一
うす穢い兵隊服にズダ袋一つ背負つた恰好の佐太郎が、そこの丘の鼻を廻れば、もう生家が見えるという一本松の田圃路まで来たとき、フト足をとめた。
いち早くただ一人、そこの田圃で代掻をしてる男が、どうも幼な友達の秀治らしかつたからである。
頭の上に来かかつているお日様のもと、馬鍬を中にして馬と人が、泥田のなかをわき目もふらずどう/\めぐりしているのを見ていると、佐太郎はふと、ニユーギニヤに渡る前、中支は蕪湖のほとりで舐めた雨季の膝を没する泥路の行軍の苦労を思い出した。
過労で眼を赤くした馬の腹から胸は、自分がビシヤ/\はね飛ばす泥が白く乾いていた・・・