上村 松園 作 あのころ -幼ものがたり-読み手:松岡 初子(2018年) |
父
私が生まれたのは明治八年四月二十三日ですが、そのときには、もう父はこの世にいられなかった。
私は母の胎内にあって、父を見送っていたのであります。
「写真を撮ると寿命がない」
と言われていた時代であったので、父の面影を伝えるものは何ひとつとてない。しかし私は父にとても似ていたそうで、母はよく父のことを語るとき、
「あんたとそっくりの顔やった」
と言われたものです。それでとき折り父のことを憶うとき、私は自分の顔を鏡に映してみるのであります。
「父はこのような顔をしていなさったのであろうか」
そう呟くために・・・