宮沢 賢治 作 月夜のけだもの読み手:福島 菜摘(2018年) |
十日の月が西の煉瓦塀にかくれるまで、もう一時間しかありませんでした。
その青じろい月の明りを浴びて、獅子は檻のなかをのそのそあるいて居りましたが、ほかのけだものどもは、頭をまげて前あしにのせたり、横にごろっとねころんだりしづかに睡ってゐました。夜中まで檻の中をうろうろうろうろしてゐた狐さへ、をかしな顔をしてねむってゐるやうでした。
わたくしは獅子の檻のところに戻って来て前のベンチにこしかけました。
するとそこらがぼうっとけむりのやうになってわたくしもそのけむりだか月のあかりだかわからなくなってしまひました。
いつのまにか獅子が立派な黒いフロックコートを着て、肩を張って立って
「もうよからうな。」と云ひました・・・