佐藤 春夫 作 「の」の字の世界読み手:池戸 美香(2018年) |
うたちゃんは、三人兄弟の末で、来年からは幼稚園へ行こうというのですが、早くから、自分ではお姉ちゃん気どりで「えいちゃん」「えいちゃん」と、自分をよんでいます。「えいちゃん」とは、ねえちゃんのかたことなのです。
うたちゃんは、「えいちゃん」だけに、二つ上のなき虫の兄がなくと、すぐ手ぬぐいを持って行って、なみだをふいてやったり、頭をさすったり、まことによく気のつく、りこうな子なのです。それだのに、どうしても字をおぼえません。なき虫の兄さんの方は、うたちゃんの年ごろには、だれも少しも教えないのに、野球かるたで、平がなはすっかり読み書きをおぼえ、それからは、すもうの名まえといっしょに、その本字までたくさんおぼえていたものです。兄弟でも、これほどちがうものか・・・