堀 辰雄 作 大和路・信濃路 浄瑠璃寺の春読み手:阿蘇 美年子(2019年) |
この春、僕はまえから一種の憧れをもっていた馬酔木の花を大和路のいたるところで見ることができた。
そのなかでも一番印象ぶかかったのは、奈良へ著いたすぐそのあくる朝、途中の山道に咲いていた蒲公英や薺のような花にもひとりでに目がとまって、なんとなく懐かしいような旅びとらしい気分で、二時間あまりも歩きつづけたのち、漸っとたどりついた浄瑠璃寺の小さな門のかたわらに、丁度いまをさかりと咲いていた一本の馬酔木をふと見いだしたときだった。
最初、僕たちはその何んの構えもない小さな門を寺の門だとは気づかずに危く其処を通りこしそうになった・・・