薄田 泣菫 作 茶話 知らぬ女読み手:入江 安希子(2019年) |
小山内薫氏が大塚教会の女神様を信心して、終電車を引留めた話は前に言つた事があつた。今日もその信心話についても一つ書いてみる。
ある日小山内氏が原稿書きにも飽いて、ペリカンのやうにあんぐり欠伸をして時間を潰してゐた事があつた。すると誰か知ら玄関に訪ねて来た者があつた。
「御免下さい、小山内さんと仰有いますのは此方様でいらつしやいますか。」
柔かい天鵞絨のやうな声なので、小山内氏は弾機細工のやうに机の前から起ち上つた。
「はい私どもでございます。」
この小説家は勢ひよく玄関の障子を押し開けた。そこには、小意気な下町風の若い奥様が立つてゐた。
女は恥しさうにして訊いた・・・