山川 方夫 作 箱の中のあなた読み手:松岡 初子(2019年) |
「あの、失礼ですが」
なめらかな都会ふうの男の声がいった。彼女は、臆病と疑惑とがいっしょになったようなぎごちない様子で、立ち止った。
丘の上は、すばらしい夕焼けで赤く染っていた。馬の背のような地面に、まばらな木が細長い影をつくっていた。
「いい景色ですねえ、ほんとに。……これ、なんの木です?」
なれなれしく、この地方だけに生えている緑いろの炎のような形の樹をさして、男は訊く。男は、首からカメラを吊していた。
態度といい、口調といい、男はわざわざ東京あたりからやってきた観光客の一人にちがいなかった。……この地方は、初夏から観光シーズンにはいって、駅前には歓迎の大きなアーチが立つ・・・