佐藤 春夫 作 思い出読み手:宮澤 賢吉(2019年) |
二十代の時鴎外先生には五、六回お目にかかった。その後二、三度陸軍省の医務局に校正を届けた際お目にかゝったが、いずれも簡単で、懐旧談を語るほどの資料はもっていない。
そのころ、与謝野寛、生田長江、永井荷風氏らが鴎外先生の門人で、私は先生の孫のようなものだった。そうした縁故で私は先生と直接の関係はないが、先生の文学的事業から尊敬している。先生は世間から気むずかし屋と思われることを苦にして、いつも相手に窮屈な思いをさせぬように気をつかっておられたようであるが、それが却ってこちらには窮屈であった・・・