永井 荷風 作 鐘の声読み手:宮澤 賢吉(2019年) |
住みふるした麻布の家の二階には、どうかすると、鐘の声の聞えてくることがある。
鐘の声は遠過ぎもせず、また近すぎもしない。何か物を考えている時でもそのために妨げ乱されるようなことはない。そのまま考に沈みながら、静に聴いていられる音色である。また何事をも考えず、つかれてぼんやりしている時には、それがためになお更ぼんやり、夢でも見ているような心持になる。西洋の詩にいう揺籃の歌のような、心持のいい柔な響である。
わたくしは響のわたって来る方向から推測して芝山内の鐘だときめている・・・