辰野 隆 作 汝自身を知れ ベルンにて読み手:宮澤 賢吉(2020年) |
大正十年の七月、或日の午後、僕は山田珠樹と並んでスイス、ベルンの街をぶらぶら歩いていた。スイスに来て時計を買うのも少々月並すぎる話だが、モン・ブランやユングフラウに登って涼むのも、時計屋をひやかすのも、大した変りはないと思ったので、二人は互に第一流の時計屋らしいのを物色して、何か変った時計があったら――ふところと相談しておみやげに買って帰るつもりであった。
とあるショー・ウインドーの前に来ると、二人は申合せたように足を停めた。大小の時計が硝子窓の向側に手際よく列べられている中に、唯一つ嬰児の拳ほどの、銀製の髑髏が僕等に向って硝子越しに嗤っていた・・・