渡辺 温 作 恋読み手:成 文佳(2020年) |
そこの海岸のホテルでの話です。
彼女は女優でした。少しばかり年齢をとりすぎてしまいましたが、それでもいろいろな意味で最も評判のよい女優でした。
劇場が夏休みなので、泳ぎにたった一人で海岸へ来ていたのです。
ところが、ホテルのヴェランダで、ゆくりなくも誰とも知らない一人の青年を見初めてしまいました。――これは日頃の彼女にしてみれば非常に珍しいことで、しかもその青年はちっとも美青年でもなんでもなくて、むしろうち見たところひどく不器用な感じしかない男なのですが、そんな点がいっそ却って彼女の心をひいたのかも知れません。
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彼女と青年とはよく申し合せたようにヴェランダで一緒になりました。それもたいてい他に人目のない時が多かったのです・・・