堀 辰雄 作 あいびき読み手:水野 久美子(2020年) |
……一つの小径が生い茂った花と草とに掩われて殆ど消えそうになっていたが、それでもどうやら僅かにその跡らしいものだけを残して、曲りながらその空家へと人を導くのである。もう人が住まなくなってから余程になるのかも知れぬ。それまで西洋人の住まっていたらしいことは、そのささやかな御影石の間に嵌めこまれた標札にかすかに A. ERSKINE と横文字の読めるのでも知られる。
その空家は丁度或るやや急な傾斜をもった坂道の中腹にあった。一たいに坂道というものがどれでも多少人を夢見心地にさせる性質のものである・・・