小泉 八雲 作 田部 隆次 訳 忠五郎のはなし読み手:福井 慎二(2020年) |
昔、江戸小石川に鈴木と云う旗本があって、屋敷は江戸川の岸、中の橋に近い所にあった。この鈴木の家来に忠五郎と云う足軽がいた。容貌の立派な、大層愛想のいい、怜悧な若者で、同僚の受けも甚だよかった。
忠五郎は鈴木に仕えてから数年になるが、何等非難の打ち所のない程身持もよかった。しかし遂に外の足軽は、忠五郎が毎夜、庭から抜け出して明方少し前までいつもうちにいない事を発見した。初めは、この妙な挙動に対して誰も何にも云わなかった。その外出のために日常の務めに故障を来す事がなかったのと、またそれは何かの恋愛事件であるらしかったからであった・・・