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芥川 龍之介

沼地

読み手:矢野 淳子(2021年)

沼地

著者:芥川 龍之介 読み手:矢野 淳子 時間:7分18秒

 ある雨の降る日の午後であった。私はある絵画展覧会場の一室で、小さな油絵を一枚発見した。発見――と云うと大袈裟だが、実際そう云っても差支えないほど、この画だけは思い切って彩光の悪い片隅に、それも恐しく貧弱な縁へはいって、忘れられたように懸かっていたのである。画は確か、「沼地」とか云うので、画家は知名の人でも何でもなかった。また画そのものも、ただ濁った水と、湿った土と、そうしてその土に繁茂する草木とを描いただけだから、恐らく尋常の見物からは、文字通り一顧さえも受けなかった事であろう。
 その上不思議な事にこの画家は、蓊鬱たる草木を描きながら、一刷毛も緑の色を使っていない・・・

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