山本 周五郎 作 日本婦道記 糸車読み手:大栗 幸子(2021年) |
一
「鰍やあ、鰍を買いなさらんか、鰍やあ」
うしろからそう呼んで来るのを聞いてお高はたちどまった。十三四歳の少年が担ぎ魚籠を背負っていそぎ足に来る、お高は、
「見せてお呉れ」
とよびとめた。籠の中にはつぶの揃った五寸あまりあるみごとな鰍が、まだ水からあげたばかりであろう、ぬれぬれと鱗を光らせてうち重なっている、思いだしたようにはげしく口を動かすのもあり、とつぜんぴしぴしと跳ねあがるのもあって、千曲川のみずの匂いが面をうつような感じだった、
「五十ばかり貰いましょう」
そう云ってから容れ物のないことに気がついた・・・