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山本 周五郎

日本婦道記 糸車

読み手:大栗 幸子(2021年)

日本婦道記 糸車

著者:山本 周五郎 読み手:大栗 幸子 時間:44分33秒

   一

 「鰍やあ、鰍を買いなさらんか、鰍やあ」
 うしろからそう呼んで来るのを聞いてお高はたちどまった。十三四歳の少年が担ぎ魚籠を背負っていそぎ足に来る、お高は、
「見せてお呉れ」
 とよびとめた。籠の中にはつぶの揃った五寸あまりあるみごとな鰍が、まだ水からあげたばかりであろう、ぬれぬれと鱗を光らせてうち重なっている、思いだしたようにはげしく口を動かすのもあり、とつぜんぴしぴしと跳ねあがるのもあって、千曲川のみずの匂いが面をうつような感じだった、
「五十ばかり貰いましょう」
 そう云ってから容れ物のないことに気がついた・・・

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