モーリス・ルヴェル 作 田中 早苗 訳 ふみたば読み手:田中 淑恵(2021年) |
創作家のランジェは、黙って、大きな卓机から一束の手紙を取りだした。その文束は真紅なリボンで結えてあった。
「あなたは、これが要るんですか。どうしても取りかえそうと云うんですか」
彼はおろおろ声でいった。が、マダム・ヴァンクールは何もいわずに肯ずいてみせた。
「こうした要求が男の心にどんな傷手を負わせるかということが、あなたに解りませんか」
ランジェはもう一度哀願してみたが、女は返事もしないで、ただ手をのべるばかりであった。
「僕も悪かったけれど、そんなに虐めなくたっていいじゃありませんか。成るほど僕はちょっと不実なことをした。あなたが憤るのも無理がない。だから僕は散々謝罪ったでしょう・・・