芥川 龍之介 作 蛙読み手:太田 賢治(2021年) |
自分の今寝ころんでゐる側に、古い池があつて、そこに蛙が沢山ゐる。
池のまはりには、一面に芦や蒲が茂つてゐる。その芦や蒲の向うには、背の高い白楊の並木が、品よく風に戦いでゐる。その又向うには、静な夏の空があつて、そこには何時も細い、硝子のかけのやうな雲が光つてゐる。さうしてそれらが皆、実際よりも遙に美しく、池の水に映つてゐる。
蛙はその池の中で、永い一日を飽きず、ころろ、かららと鳴きくらしてゐる。ちよいと聞くと、それが唯ころろ、かららとしか聞えない。が、実は盛に議論を闘してゐるのである・・・