小川 未明 作 母の心読み手:石井 まり(2021年) |
この前の事変に、父親は戦死して、後は、母と子の二人で暮らしていました。
良吉は、小学校を終わると、都へ出て働いたのであります。ただ一人、故郷へ残してきた母親のことを思うと、いつでも熱い涙が、目頭にわくのでした。
「いまごろ、お母さんはどうなさっているだろう。」
仕事をしていても、心で、ありありと、あのさびしい松並木のつづく、田舎道が見えるのでした。橋を渡り、村からずっとはなれた、山のふもとに自分の家はあるのです。まれには、一日じゅう人と顔を合わさぬこともあります。急に母親が病気となっても、村へ知らせるものがないと思うと、良吉は、遠くにいても気が気でないのでした・・・