小泉 八雲 作 田部 隆次 訳 茶碗の中読み手:福井 慎二(2021年) |
読者はどこか古い塔の階段を上って、真黒の中をまったてに上って行って、さてその真黒の真中に、蜘蛛の巣のかかった処が終りで外には何もないことを見出したことがありませんか。あるいは絶壁に沿うて切り開いてある海ぞいの道をたどって行って、結局一つ曲るとすぐごつごつした断崖になっていることを見出したことはありませんか。こういう経験の感情的価値は――文学上から見れば――その時起された感覚の強さと、その感覚の記憶の鮮かさによってきまる。
ところで日本の古い話し本に、今云った事と殆んど同じ感情的経験を起させる小説の断片が、不思議にも残っている・・・