山本 周五郎 作 泥棒と若殿読み手:大栗 幸子(2021年) |
一
その物音は初め広縁のあたりから聞えた。縁側の板がぎしっとかなり高く鳴ったのである、成信は本能的に枕許の刀へ手をのばした、しかし指が鞘に触れると、いまさらなんだという気持になって手をひっこめた。
――もうたくさんだ、どうにでも好きなようにするがいい、飽き飽きした。
こう思いながら、仰向きに寝たまま腹の上で手を組み合せた。右がわの壁に切ってある高窓の戸の隙間から、月の光が青白い細布を曳いたように三条ながれこんでいる。ついさっきまで夜具の裾のほうにあったのが、今はずっと短かくなって、破れ畳の中ほどまでを染めているにすぎない、するともう三時ころなのだなと思った・・・