小川 未明 作 山の上の木と雲の話読み手:堀口 直子(2021年) |
山の上に、一本の木が立っていました。木はまだこの世の中に生まれてきてから、なにも見たことがありません。そんなに高い山ですから、人間も登ってくることもなければ、めったに獣物も上ってくるようなこともなかったのです。
ただ、毎日聞くものは、風の音ばかりでありました。木はべつに話をするものもなければ、また心をなぐさめてくれるものもなく、朝から夜まで、さびしくその山の上に立っていました。同じ木でも、にぎやかな都会の中にある公園にあったならば、毎日、いろいろなものを見、またいろいろな音を聞いたでありましょう。しかし、この木はそんなことがなかったのであります・・・