江戸川 乱歩 作 押絵と旅する男読み手:つかさ(2021年) |
この話が私の夢か私の一時的狂気の幻でなかったならば、あの押絵と旅をしていた男こそ狂人であったに相違ない。だが、夢が時として、どこかこの世界と喰違った別の世界を、チラリと覗かせてくれる様に、又狂人が、我々の全く感じ得ぬ物事を見たり聞いたりすると同じに、これは私が、不可思議な大気のレンズ仕掛けを通して、一刹那、この世の視野の外にある、別の世界の一隅を、ふと隙見したのであったかも知れない。
いつとも知れぬ、ある暖かい薄曇った日のことである。その時、私は態々魚津へ蜃気楼を見に出掛けた帰り途であった・・・