森 鴎外 作 余興読み手:新道 改(2021年) |
同郷人の懇親会があると云うので、久し振りに柳橋の亀清に往った。
暑い日の夕方である。門から玄関までの間に敷き詰めた御影石の上には、一面の打水がしてあって、門の内外には人力車がもうきっしり置き列べてある。車夫は白い肌衣一枚のもあれば、上半身全く裸にしているのもある。手拭で体を拭いて絞っているのを見れば、汗はざっと音を立てて地上に灑ぐ。自動車は門外の向側に停めてあって技手は襟をくつろげて扇をばたばた使っている。
玄関で二三人の客と落ち合った。白のジャケツやら湯帷子の上に絽の羽織やら、いずれも略服で、それが皆識らぬ顔である。下足札を受け取って上がって、麦藁帽子を預けて、紙札を貰った・・・