泉 鏡花 作 夜釣読み手:みきさん(2021年) |
これは、大工、大勝のおかみさんから聞いた話である。
牛込築土前の、此の大勝棟梁のうちへ出入りをする、一寸使へる、岩次と云つて、女房持、小児の二人あるのが居た。飲む、買ふ、摶つ、道楽は少もないが、たゞ性来の釣好きであつた。
またそれだけに釣がうまい。素人にはむづかしいといふ、鰻釣の糸捌きは中でも得意で、一晩出掛けると、湿地で蚯蚓を穿るほど一かゞりにあげて来る。
「棟梁、二百目が三ぼんだ。」
大勝の台所口へのらりと投込むなぞは珍しくなかつた・・・