芥川 龍之介 作 寒さ読み手:滝川 ゆきえ(2021年) |
ある雪上りの午前だった。保吉は物理の教官室の椅子にストオヴの火を眺めていた。ストオヴの火は息をするように、とろとろと黄色に燃え上ったり、どす黒い灰燼に沈んだりした。それは室内に漂う寒さと戦いつづけている証拠だった。保吉はふと地球の外の宇宙的寒冷を想像しながら、赤あかと熱した石炭に何か同情に近いものを感じた。
「堀川君。」
保吉はストオヴの前に立った宮本と云う理学士の顔を見上げた。近眼鏡をかけた宮本はズボンのポケットへ手を入れたまま、口髭の薄い唇に人の好い微笑を浮べていた。
「堀川君。君は女も物体だと云うことを知っているかい?」
「動物だと云うことは知っているが。」・・・