森 鴎外 作 普請中読み手:新道 改(2022年) |
渡辺参事官は歌舞伎座の前で電車を降りた。
雨あがりの道の、ところどころに残っている水たまりを避けて、木挽町の河岸を、逓信省の方へ行きながら、たしかこの辺の曲がり角に看板のあるのを見たはずだがと思いながら行く。
人通りはあまりない。役所帰りらしい洋服の男五六人のがやがや話しながら行くのにあった。それから半衿のかかった着物を着た、お茶屋のねえさんらしいのが、なにか近所へ用たしにでも出たのか、小走りにすれ違った。まだ幌をかけたままの人力車が一台あとから駈け抜けて行った。
果して精養軒ホテルと横に書いた、わりに小さい看板が見つかった。
河岸通りに向いた方は板囲いになっていて、横町に向いた寂しい側面に、左右から横に登るようにできている階段がある・・・