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北條 民雄

いのちの初夜

読み手:北條 泰成(2022年)

いのちの初夜

著者:北條 民雄 読み手:北條 泰成 時間:1時間18分26秒

 駅を出て二十分ほども雑木林の中を歩くともう病院の生垣が見え始めるが、それでもその間には谷のように低まった処や、小高い山のだらだら坂などがあって人家らしいものは一軒も見当たらなかった。東京からわずか二十マイルそこそこの処であるが、奥山へはいったような静けさと、人里離れた気配があった。
 梅雨期にはいるちょっと前で、トランクを提げて歩いている尾田は、十分もたたぬ間にはやじっとり肌が汗ばんで来るのを覚えた。ずいぶん辺鄙な処なんだなあと思いながら、人気の無いのを幸い、今まで眼深にかぶっていた帽子をずり上げて、木立を透かして遠くを眺めた。見渡す限り青葉で覆われた武蔵野で、その中にぽつんぽつんと蹲っている藁屋根が何となく原始的な寂蓼を忍ばせていた・・・

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