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山本 周五郎 作
読み手:石橋 玲(2022年)
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一
庭さきに暖い小春日の光が溢れていた。おおかたは枯れた籬の菊のなかにもう小さくしか咲けなくなった花が一輪だけ、茶色に縮れた枝葉のあいだから、あざやかに白い葩をつつましく覗かせていた。 お留伊は小鼓を打っていた。 町いちばんの絹問屋の娘で、年は十五になる。眼鼻だちはすぐれて美しいが、その美しさは澄み徹ったギヤマンの壺のように冷たく、勝気な、驕った心をそのまま描いたように見える・・・