モーリス・ルヴェル 作 田中 早苗 訳 フェリシテ読み手:中村 昭代(2022年) |
彼女はフェリシテという名前だった。貧しい女で、美人でもなく、若さももう失われていた。
夕方、方々の工場の退け時になると、彼女は街へ出て、堅気女らしい風でそぞろ歩きをした。ときどき微かに歩調をゆるめたかと思うと、また元のように歩いて行った。
他の子供等が裾にからまって来ると、彼女は優しい身振りでそれを避けたり、抱きとめたりした。そしてその母親たちには莞爾やかな笑顔をむけた。
彼女は元来饒舌や騒々しいことの嫌いな性分なのに、こうして雑鬧の中へ入ってゆくのは、そこでは他から勘づかれないで男達の合図に答えることが出来るからであった・・・